自身が創りあげている【前提】に
冷静さを欠いた思い込みがないかどうか?
そんな話を前回したわけなのだけれど
前回の話:
http://love-skill.net/tomori/archives/508
何かしらの不安や恐怖に駆られている状態では
第三者的な視点で冷静にと言われても
それはなかなか難しい?!(¨ )
ということで今日は
精神をわりとニュートラルな状態に保てる
──少なくとも僕は自分の中に
この前提を据えることで以前とは
日常何か問題にぶち当たった時の
精神状態が劇的に変わった
スグレモノの【前提】についての話をして、
この考察を一旦締めくくろうかと(p_-)
・・・
さて、まずは
この考察の1話目の中で
自分の身体を健康にするため
体型をかっこ良くすることでモテるため?!
みたいな
プラス・ポジティブ属性の【前提】が
あると、それに伴う痛みや空腹も
心地良いものとなる。
そんな行があったでしょ?
で、仮の話としてちょっと想像して
みてもらいたいのだけれども。。。
もし万が一、ハードな筋トレ後、
かなりの筋肉痛に見舞われながらも
『コレは効いてる証拠だぜぃ♪』
と、ニンマリした、その刹那。
突然に記憶喪失になったとしたら…
どうだろう?
結果にコミットしてウン十万円の
会費を払ってジムに通っている事も
全て忘れてしまい、今ソコにあるのは
身体のあちこちに走る筋肉痛。
そしてさらに超絶な空腹感にも襲われ、
急ぎ、冷蔵庫を開けてみると中には
きゅうりとチーズしか入ってない!?
みたいな(笑)
で、もしそんな状況に陥ったら
何なんだよ、一体!
と、わけもわからず痛みと空腹に
苛立つしかないでしょ?きっと
そう
ポジティブ属性の【前提】が
消滅してしまえば、そこにあるのは
ネガティブな苦痛だけということになる。
でね
何でこんな話をしているのかというと
僕達が日常、何らかの悩みや苦しみに
見舞われている時というのは
全て、コレと同じような状況だとしたら…?
そんな風にイメージしてみたいわけ。
ん?
何を言ってるのかわからないって?
うーん、どう説明すればいいかなぁ…
んじゃ、まぁ、ここからは誤解をおそれず
わりとまんまの話をするね。
—–
そもそも僕達がこの肉体を持って
この世に生をうけているというコト
それ自体が例えばココで出てきた
結果にコミットした●●に入会した
みたいなものだとイメージしてみて
もらいたいのだ。
で、その入会を決めたのは
他ならぬ自分自身なわけ。
ただし、その自分というのは
ハイアーセルフとか神とか
潜在意識とか魂とか、etc…
まぁ、ワード自体は自分が一番シックリくる
ヤツをチョイスしてもらえばいいのだけれど
要は、もう一人の自分というか
普段、認識している自分ではなくて
自身の中にある大いなる存在みたいな。。。
そんなモノをイメージしてつかぁさい。
(まぁ、ここではそういう存在を
信じる信じないは、ひとまずおいておいて)
で、入会の動機は当然のごとく
自分自身が進化・成長するため
コレは絶対的な大前提である と。
そうなってくると
生きていく上で生じる悩みや苦しみの類って、
いわば全てが本来、ココでいう想定内の
《心地良い》筋肉痛なはずなのですよ。
ただ、頭につく《心地良い》が抜け落ちて
感じてしまうのは自分ともう一人の自分の
意思疎通的な連携が取れていないというか
その連携は意識・肉体を持っている側の
自分にはなかなか認識しずらい、そんな
構造になっていて、普段は先に書いた
突発的記憶喪失に見舞われたような
感じになっているわけ。
あ、でも時々、何かのひょうしに
そこがつながってシンクロするような
時もあって、そういう瞬間には
喪失していた記憶を思い出したかのごとく
『あぁ、全てはこのためだったのか…』
みたいに、しみじみ感動したりとか
する場合もちょいちょいあったりする。
自分を苦しめていた(と思っていた)
全ての出来事に今は感謝しかないです
とか、心底言っている人というのは
コレを体験・体感・認識したのかも ね。
—–
と。
どう?
突発的な記憶喪失の例え話の意図するとこ。
少しはイメージしてもらえた?
ちなみにここで
本当にそんな構造になってるのか?
とか
全て想定内、完全完璧な、大いなる存在。
そんな、もう一人の自分なんて本当に実在するのか?
などと
あくまでも、その根拠を示せ!
とか、詰め寄られてしまったら、この話は
ここでチャンチャンなのだけれど^^;
ボンヤリとでもいいから、
《そういうもんかもな…》
と思える感覚が少しでもあって
それをちょっと積極的に採用してみると、、、
いわゆる、根拠の無い自信というか
まぁ、最初のうちは自信とまではいかなくても
根拠の無い安心みたいなモノが
少なくとも芽生えてくるわけ。
で、その“根拠の無い安心”の根拠って
(ん?・笑)
今、直面している悩みや苦しみを
どういう目的でわざわざ自分で自分に
課しているのか?
その具体的な命題が意識的な側の
自分には今現在、認識できていない
だけの話であって
大いなる存在である方の自分が
わざわざ自分を苦しめるためだけに
自分自身に不必要な負荷をかける?
いや、いや、そんな馬鹿なことを
するはずがないよな、うん。
みたいなロジックなわけ。
で、そういう【前提】を自分の中に
ザックリといいから据えてみると。。。
あら、不思議。
どんな問題に直面したとしても
まぁ、でも最終的には
自分で何とかなる範疇のことでしょ
今すぐに、具体的な解決策は
浮かばないけど、平気、平気。
なるようになるんだろうから。
という感じで、どこかリラックスした雰囲気が
直面した問題に緊迫しつつも自分の中に漂うわけ。
だって
自分で自分を完膚なきまでに破滅させる
なんてこと、するわけないんだから。
そして、この根拠の無いリラックスムードこそが
何かしらの問題・悩みに直面した時
前回話した、一見動かしようのない
(と、勝手に自分で思い込んでいる)
【前提】を第三者的な視点で見直すのにも
大いに役立ったりするのだ。
(おしまい…)
・・・
いつもありがとうございます。
最後にポチ、ポチっとな(^^ゞ
にほんブログ村
男の本音・男心 ブログランキングへ