批判

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他人を批判するというのは
結構勇気がいるものでね。

「じゃ、お前はどうなんだ!
言うほど立派な人間なわけ?」

ってツッコまれかねないから。

まぁ、こういうリスクを負ってでも
それは間違ってる、おかしい、けしからん!
と声をあげるのならそれは、まだいい。

でも、自分は全くのノーリスクのところから
過剰に他人を攻撃するっていうのは
いかがなものかと。

いや、別にその行為が卑怯だとか
そういうことが言いたいわけじゃないよ

ノーリスクだと思っているコト。
それ自体が勘違いだということに
気がついている人がどれだけいるのか?

「じゃ、お前はどうなんだ!」

ってツッコミは

他人からのそれよりも
自分自身からのヤツの方が
質が悪いというか。。。

カラダのコトで例えるなら

他人から殴られれば確かに痛いけど、
それは大したことではない。
痛みなんてものはやがて消える。

でも、日頃の自分の不摂生から
内蔵のどこかが徐々に蝕まれていって、
本人も気がつかない内に
重篤な病を引き起こしてしまう。

コッチのほうがヤバイ。。。

みたいな?!

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昨今の健康ブームでカラダには
とっても気を遣う人が増えたけど
ココロの方にも気を遣わないとね。

別れの理由

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これまで、いろんな人との別れがあって
中には、もうこの世の終わりだ位に
身悶えたこともあったけれど

その別れがなければ、今のようなカタチで
キミと一緒にいることはなかったと思うわけ。

035

当時はめちゃくちゃ辛かったあの別れは
こうしてキミと出会うための
必然だったのかもしれないね(¨ )

悩む

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“悩む”と“考える”

この二つって違うよね?

コレは僕の勝手な
何となくのイメージだけど

“悩む”よりは“考える”の方が
ちょっと積極的で前向きな雰囲気が
漂っているような気がするわけ。

“悩む”っていうのはどこか
受動的な感じがするけれど

“考える”っていうのは何となく
能動的な感じがするというか…

少なくとも“考える”という言葉には
自らがハンドルを握ってる感がある。

悩んでいても解決の糸口はつかめないけど
考えるというのはその糸口探しをすること。

みたいな?!(¨ )

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でも、僕たちはコレをいっしょくたに
してしまうことがままあるでしょ?

それは

僕たちって何かしらの悩みや
問題がないと切実に考えないから

そう

人は悩みがある時だけ
本意気で真剣に考えるのよ。

コレってある意味“悩み”が
僕たちに“考える”というコトを
喚起すると言えなくもない?!

で、こう捉えてみると…

例えば

水分が不足すれば喉が渇く。

そのシグナルを受け取って
僕たちは水を飲む。

睡眠が不足すれば眠くなる。

そのシグナルを受け取って
僕たちは寝る。

運動が不足すれば血の巡りが
悪くなって肩が凝る。

そのシグナルを受け取って
僕たちはカラダを動かしたり
マッサージに行ったりするわけ。

それと同じで、もしかしたら
“悩み”っていうのは

最近“考える”が不足してますよー

というシグナルなのかも(¨ )

こういったシグナルたちの発信元は
脳なのか?潜在意識なのか?
内なる・大いなる存在なのか?

まぁ、それは自分が一番しっくりくる
ものをイメージすればいいのだけれど
何かしらのこういうメカニズムって
働いているような気がするでしょ?

“悩み”というのは“考える”機会を
生み出すための必然的なきっかけ・シグナル。

こんな風に捉えてみると

「そうか、闇雲に悩んでないで、
とにかく何か考えてみよう…」

とか

ちょっとだけ前向きになれるというか、
何か自分を取り戻せるみたいな
そんな気がしてこない?(¨ )

303599

迂闊な選択?!

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特にそれをやる義理・必然性が
自分にあったわけではないのに
何となくそこに関わってしまう
なんてコトがよくあるでしょ?

で、そういう時にちょっと心外なコトを
言われたり・課されたりすると
非常に不愉快な気分になるわけ。

いやいや、自分にはそんなコトを
言われる筋合いはないだろ!

って。

で、そんな理不尽なコトを
自分に対して仕掛けてきた
相手に対してものすごくイラッと
するわけなのだけれど。。。

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その苛立ちの本質は

心外なコトをしてきた
相手に対してではなくて

関わるコトを何とはなしに
選択してしまった自分に対して

のモノだったりするのだ。

でも、その苛立ちの素になった
迂闊な?!選択を
もっと慎重になっていれば
自分で回避できたのか?

といえば

うーん。。。

きっと、おそらく

回避できなかったような気がするわけ。

ということは

そもそもの前提が違っていて

その時の自分にとっては
何らかの必然性があった

と、考えるほうが辻褄が合う。

のか?(¨ )

勇気

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全く悪気なんてなくて、
ホント何気なく言った些細な一言が
キミにとっての大切な人を
深く傷つけてしまうなんてこともある。

キミはとっても優しい人だから
そういう経験を踏まえて
慎重になっているのでしょ?

相手のコトを慮って、迂闊な発言を
しないようにいつも言葉を選んで…

いや、もちろん、
それは悪いことではない。

でも、それって決して
相手のためだけではなくって
自分のためでもあるわけ。

キミが臆病になっているのは、
相手を傷つけてしまうと
同時に自分も傷ついてしまうから

なのでしょ?

あ、コレ

別に、自分を傷つけまいとすることが
利己的だとか、そういう話をしたいわけではないよ。

相手も自分も傷つけまいとするのは
当たり前のコトだもの。

ただね

何気ない些細な一言が

相手を救う

っていうコトもあると思うのだ。

だからキミが大切だと想う人にだけは
もうちょっと勇気を出してみても
いいかもしれないよ。

いや、きっと、大丈夫だって

いつも相手のコトを慮り、その人が傷ついたら
一緒に自分も傷ついてしまう。

そんな感性を持っているキミならば。。。(¨ )

034

顔色をうかがう

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私は相手の顔色ばかり、うかがってしまって
何も言えない・できないことが多いんです。。。

なんていう人がよくいるけれど

相手の顔色をうかがうのは
決して悪いことではないでしょ?

問題なのは顔色をうかがう時の
自身の心根の部分が

自分に向いているのか?
相手に向いているのか?

何も言えない・できないのは

自分(のエゴ)を守るためなのか?
相手のコトを考えてのコトなのか?

口下手で、ボキャブラリーがないから
気の利いたことを言えない・できないんです…

なんて言い訳は誰のためにしてるの?

017

今年やり残したこと

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いよいよ今年も残すところ
あとわずか。

こういう時期になると
一度や二度は誰かから

今年やり残したことって
何かあります?

というようなコトを
言われるのだけれど

そういう時って

あーあ…
今年も特に何もやらずに
一年が終わってしまったなぁ。。。

みたいな感じで

やらなかったコトに思いを
馳せてしまいがちだ。

でもね

今年も1年間。
まがりなりにも生きてきて
何もやらなかったなんて人はいない。

こうして、どうにか無事に
年の瀬を迎えられているということは

やるべきことを最低限は
キチンとやってきたから

なのだと思うわけ。

だからもし、今年の自分に対して
思いを馳せるとしたのなら

自分が、やらなかったことではなく、
やったことにフォーカスして
年の締めくくり総括 からの
新年への新たな思いへつなげよう。

あ、でも、もし、どうしても

年の終わりには
反省・自分を戒める的なコトを
しないと落ち着かない!?

という人は

(自分も結構そのクチかもw)

日常の中で自分はその場面場面で
やるべきこと・やれることを
どれだけ丁寧に心を込めてやったか

そんな部分に着目して
1年を振り返ればいいかも…ね(¨ )
032

頑張ってる感

 

苦労している人は世の中に沢山いる。

よく、あの人の苦労に比べれば
自分なんて、全然。。。

とか、そんな論調ってよく使われるけど、
こういうのって他人と比較しても
あまり意味がないと思うのだ。

その人にはその人の不遇に感じるコトが
ちゃんとあって、少なからず
皆、苦労しているわけ。

まぁ、生きていくということは
ある意味、苦労の連続みたいなモノと
言えなくもないから、相対・比較的な
苦労の多寡は別として

要は誰しもが皆、
何かしら頑張っているのだ。

でも、時々

それを感じさせない人っているでしょ?

僕はそういう人と一緒にいると
心地良いというか、何か元気を
もらえるみたいな感じがするのね。

あ、でも、コレは
やたらにポジティブ発言を
連発している人とか、
そういうことではないよ。

こんなもの苦労のうちに入りませんよ
ガハハハ!

みたいなスーパーマン的な人は
もちろんスゴイなとは思うけど、
一緒にいて心地良いかというと
そうでもなかったりするし

何か達観している風に

すべての人・物事に感謝です

とか、無理くりな感じで
言っている人と一緒にいると
とっても苦しくなってきてしまう。

これって言葉で表現するのが
難しいのだけれど、、、

うーん、、、やっぱ
今の僕のボキャブラリーでは

《頑張ってる感》がない人

とかしか、言いようがない^^;

でも、そういう人に対して

コイツには悩みなんてないんだろうな

と、思うかというと、
それは決してそうではなくて

その人が頑張っているということは
とってもよく分かるのよ、コレが。

頑張ってる感はないけれど
とっても頑張ってる人。

(; ̄ー ̄)…ン??

まぁ、でも、そんな人を見ると僕は

何か力になれることはない?

みたく応援したくなってしまうのだ。

うーむ、、、

何なんだろうね?こういうのって。

で、最後に、何とか持てる言葉を駆使して
強引にでもまとめ的な感じで
コレを表現するとすればだけど

そういう人って

自分の不遇・苦労を、ちゃんと
不遇・苦労として認識した上で、
それに支配され、振り回されて
いないというか

ひとまず現時点の自分的に
それを受け入れ、乗り越え、
きちんとコントロールしている人

とか、そういうコトなのかもね(¨ )

・・・

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伝わる

いつだったか、春先に真新しいランドセルを
背負った、小学校1年生と思われる女の子が
一人で嬉しそうに道端に咲いている花を
摘んでいる光景に出くわしたのね。

無邪気でとってもかわいい子だなぁ(*^^*)

とか、思いながらも

一人で下校とか、大丈夫なの?

なんて余計な心配もちょっとしつつ
その子の後ろを通り過ぎようとした
その瞬間

その女の子が立ち上がって
いきなりクルッと振り返り

『はい、あげる♪』

と、僕に摘んだ花を差し出してくれた事があって

一瞬 えっ!と面食らいつつも何とか
条件反射的に「ありがと♪」と笑顔で、
花を受け取ったなんて事があった。

なんだったんだ、今の???

と、その時は不思議で
しょうがなかったわけ。

また、例えば

電車の中で抱っこされてる
赤ちゃん、子供 とか

街中を歩いていて、自分の前を
親に連れられて、たどたどしくも
なぜだか、やけに、とっても嬉しそうに
歩いているちっちゃな子 とか

そういう光景が目に入って
かわいい な とか思った時って
かなりの確率で、なぜかその子は
コッチを振り返ると思わない?

そういえば、そうだなぁ と
こういう感じの経験はキミも
きっと何かしら覚えがあるでしょ?

026

ここ数年、人の心・精神世界的なことについて
勉強する中で言葉・態度などを使った
頭や理屈の領域ではない、いわゆる
潜在意識的なコミュニケーションというか

まぁ、そういうものが存在するで
あろうというのは、ほぼほぼ
間違いないのだろうな と
自分の中で受け入れてはいたものの…

何となく最後の所はどうしても
ボンヤリした認識だったわけ。

でも、先日、先に書いたような
無邪気な子供の振り向き様の笑顔に
遭遇した時、なるほど!
と僕は思わず膝をうったのだ。

そう。

きっと、おそらく

無邪気な子供には僕の かわいいなぁ…
と微笑ましく思っている感が
ダイレクトに伝わっているに違いない と。

僕たちはオトナになるにつれ
意識的コミュニケーション領域が
広がっていくのと引き換えに
無意識的な方のセンサーがどんどん
鈍くなっていったというか。。。

無意識的な方のセンサーが反応していても
それを意識的な方で解釈しようと
するものだから

何となくの 好き・嫌い
虫が好かない、生理的に合わない

みたいな曖昧なモノとして
それを捉えているのだろうな と。

そして、それはただの感覚、
気のせい、思い過ごし?!

とか言い聞かせて

見て見ぬふりをしたり とか
無理に変な解釈をしようとしたりして

だから、不自由で苦しい感じになっている
なんて部分も結構あるように思うのだ。

意識・無意識とか言語・非言語とか
人にはそういうコミュニケーションが
確かにあるのは間違いない。

そう再認識したお話でした(^^)

・・・

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後出しジャンケン

 

付き合い始めの頃は
あんなにラブラブだったのに、
最近は会えばすぐケンカになる。

だって、ここ最近のカレは
キミ以外の女にはとっても親切で優しく、
いい顔するくせに、キミに対しては
とっても雑でゾンザイな扱いで…

だからキミだって本当は大好きなカレに
もっと優しくしたいのに、ついつい
嫌味なことばかり言ってしまって
気まずい空気になってしまうのだ。

そう。

ここ最近の二人のこんな感じが
今のキミを苦しめているわけだよね。

で、きっとキミは

カレが私のことをもっと思いやってくれれば
私だってカレに対してもっと寛容になれる

というのでしょ?

いや、もちろん。
その気持はよくわかる。

そりゃ、そうだよね。

でも、ちょっと見方を変えてみると

それって、あくまでも主導権は
カレのほうが握っているということになる。

だってカレがまずしてくれないことには
キミはカレに対して
《自分が本当はやりたいこと》を
することができないということでしょ?

その、相手次第の受け身で不自由な感じが
キミが苦しい原因だったりするのだ。

そして、もしかしたら

カレの方もキミと同じような不自由な感じに
苦しんでいるのかもしれない。

だから、ここはキミのほうが主導権を握って
先に《自分が本当はやりたいこと》
やってしまうというのはどうだろう?

ん?

何か、ソレって負けた気がする?
何で私から譲歩しなければいけないのかって?

いや、もしも仮に、キミがそんな風に
勝ち負けにこだわっているとするなら
なおのこと

そんな

“後出しジャンケン”

で勝ったって。。。

面白くないでしょ?(¨ )

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