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ひたすら求めるだけの強欲者?

 

その《してあげたい・与える愛》の源泉は?

そこに含有されている思いの
バランスはどうなってる?

前回の記事:
http://love-skill.net/tomori/archives/597

と、このように源泉というところに
目を向けてみると

《してあげたい・与える愛》といいつつも

もしかして、その実体はある意味

《してほしい・求める愛》なのか…?

ということにハタと気がつくわけ。

見返り目的系だとすれば、
それはまんま《してほしい》だし

仮にその源泉が純粋な思いだとしても
要はコレも大好きなカレの喜ぶ顔を
求めているということだしね。

と、こういう具合に考えてみると

要はキミのカレに対する愛は
本質的には全て

《してほしい・求める愛》

ということになってくる。

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ん?

いや、別に僕は…

キミがただただクレクレばかりの
強欲な人間だと言っている
わけでは決してないよ。

コレって僕らが何の疑いもなく
普通に使っている言葉という
ツールの不完全さというか、
もどかしさの一例だ。

では、ちょっと立場を入れ替えて
考えてみよう。

カレに対するキミの愛が
本質的に全て《してほしい》
だとするならば

キミに対するカレの愛も
同様に全て《してほしい》
だということになるでしょ?

で、そうなってくると

恋愛とは

『本質的にお互いが求め合うもの』

と、言えなくもないわけだ。

・・・

さて、ここで

愛する相手から何かを求められたら
自然とそれに応えてあげたくなるよね?

だから、つまり

『相手が求めるものをお互いに与え合う』

それが恋愛

と、いう具合になってくる。

求められなければ与えられない。

まずは求めがあるからこそ
与える喜びも満喫することができる。

求める愛 と 与える愛

この2つのバランスというのは
こういう前提の元に成り立っている。

そんなフレームで捉えてみると
何かちょっと今までとは違って感じる
コトがあるような気がしてこない?(¨ )

昨今の

“まずは与えましょう♪”

的な考え方が良しとされている風潮の中

求めるばかりの自分に気がづいて
罪悪感的なモノを何となく
抱いてしまい、ちょっと苦しくなっている

なんて人も結構多いと思うのだけれど

そもそも恋愛って求めるモノなんだ

という前提に立ってみると
少し気持ちが楽になったりとかしない?

(つづく…)

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